小噺「脱衣所の財布」

Limonèneのファンクラブ リモネン環

2025/04/19 12:00

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温泉の脱衣所での出来事。

 

10月の北海道・知床。その日の気温は-4℃。

地元ながらの銭湯(温泉)に入ろうとして、隙間風の強い脱衣所に入る。

人はまばらで……、というか、靴は3つ。脱衣所に1人見えるので、浴場に2人いるのだろう。

あまり大きな銭湯ではないので、それでも賑やかに感じるほどだった。

 

そして地元の銭湯ながら、コインロッカーがないタイプの脱衣所だった。

自分がミスったポイントは、宿に財布を置いてこなかったこと。

コインロッカーのない脱衣所で財布をそのまま転がすのは……かなり抵抗がある。

 

宿までは歩いて10分くらいの距離で、この寒さ。しかもあと30分ほどでこの銭湯が閉まる予定だった。

 

諦めてリュックの奥の方に財布を入れて、脱衣所のカゴの中に入れる。

服を脱いで、浴場のドアを開ける。軽く身体を流して湯に浸かる。露天風呂もあるが、流石に氷点下で外に出る勇気はない。

 

で、案の定、温泉に入りながらも心はどこかで「財布……」と思ってしまっていた。

 

大丈夫だと分かっていながらも気はそぞろで、あまり温泉に集中できないまま足早に身体を洗い、湯船から上がる。

 

脱衣所に戻ると、私より先に浴場から脱衣所に戻っていた若い女性が1人いた。

そして、半裸とも言える下着姿のままで、手には財布を持って、中の札の枚数を数えていた。

 

……どういうことだろう?

 

私と目が合って、彼女は気まずそうに会釈をする。

私もつられて全裸で会釈をした。

 

そうしている間にも、彼女は手に持っていた財布をリュックにしまうと、急いで着替えて、髪も乾かさないまま出て行ってしまった。

 

1人脱衣所に残された私は、なんとなくイヤな予感がしてしまった。

 

私は急いで身体を拭くと、ほぼ全裸のままリュックから財布を出す。

そして財布の中の枚数を数える。

 

イヤな予感とは裏腹に、特に何も問題はなかった。

 

財布はあるし、中の札が減ってることもない。衣服の動かされた様子すらなかった。

 

なんだったんだろう?と思いながら、ふと顔を上げると、正面にあった鏡で自分の姿が映し出された。

 

めちゃくちゃ怪しい。全裸で財布の中身を数えている女性がいる。

 

なんだかおかしくなってしまい、そして状況に納得しニヤけていると、後ろから、「ガラガラ」と浴場と脱衣所の間にあるドアが開く音がした。

 

そして、出てきたおばちゃんと目が合った。

 

気まずくなって……、会釈をした。全裸で、財布を持ちながら。

おばちゃんは、怪訝そうな顔をしながら……、会釈をし、自分の荷物を注意深く観察しているようだった。

 

落語かよ。

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